Unrolling tower

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 遙かな遠い場所、漆黒と星々の煌めきが混ざり合う狭間から、その塔はやって来たのだという。この惑星に飛来したことに何かの意味があるのかと問えば、おそらく塔は「否」と答えただろう。実際には塔は答えない。塔は言語を有しない。言語のような原始的なコードを必要としないからだ。もっともそんな質問を塔に対して発する者は誰もいない。この惑星には言語を操れる者がもういない。言語のような複雑すぎるコードを操れる者は。

 塔は巨大な響きと衝撃を大地に喰らわせ、この惑星に降り立った。塔自身は優雅に舞い降りたつもりであったかもしれないが、その響きはこの惑星唯一の大陸、超大陸の隅々にまで届いた。大陸に生息する生命体は、その本能で裁かれるときが来たということを悟った。裁かれるということが何を意味し、何が起こるのかも解らないまま。それでも生命体は皆怖れの感情を止めどなく溢れさせながら、塔を見つめた。ある者は草むらの隙間から見上げ、ある者は水面下から見上げ、またある者は樹上から見上げ、そしてまたある者は飛翔しながら見上げた。そう、その塔はとても高層だった。この惑星の生命体で、見下ろすことの出来る者はいなかった。

 その昔、あるいは遙かな未来、前の前の世界か、次の次の世界か、その辺りは定かではないが、高く聳えた塔は高く聳えすぎると怒りに触れてしまい、破壊されてしまう。そしてそのときの世界にとって最も重要な事象が消滅してしまう。あるいは奪い取られてしまう。そんな法則がこの惑星には滞留している。外からやって来た塔はもちろんそのことを知らないが、この惑星に生息する生命体たちはその体内の核酸にその法則が、その法則の余韻が、あるいはその法則の預言が刻まれている。だから、塔そのものとその塔が怒りによって破壊されることの両方を、生命体たちは怖れた。具体的にどんな事象が起こるのかは想像も出来ないままで。

 空が宇宙のように暗くなる。いつの間にか空の炎球が影を纏っている。そして鋭利な光の長刀が塔の先端部に襲いかかる。かわすことなくまともに一撃を喰らい、塔は傾いだ。地面へとゆるやかに倒れていき、そのまま地面に打ち倒された。ように見えた。実際には地面とほぼ並行に近い角度で塔は停止し、そこからゆっくりと起き上がる。直立した塔に、再び光の長刀が振り下ろされる。塔はまた傾く。しかし今度も倒れることなく起き上がる。そして塔はその表層のどこにも、傷一つなかった。もちろん深層のどこにも傷はついていない。

「ラシャ、ラシャ、ラシャシャ」

 塔の全体から、そのような鳴音が発せられた。まるで、「片腹痛し」と嘲笑っているようだ。いや、実際にそうであったに違いない。塔は全く破壊されることはなく、何も奪い取られることもなかったのだから。むしろ、この惑星の絶対的な法則が持つ誇り高き神性を嚥下して消化して垂れ流したようなものだろう。炎球がいつの間にか影を脱ぎ捨てていて、この惑星の法則は沈黙した。屈したのか、拗ねたのか、それとも塔を愛してしまったのか、あるいは午睡を愉しむことにしたのか、その辺りは定かではないが、とにかく沈黙した以上、この惑星は塔の遊び場になったのだろう。

 塔は跳ねた。跳ねて進んだ。地響きを足跡に、超大陸を跳ね回った。たぶん一億年くらい。時間は止まっていたかもしれない。あるいは法則と一緒に午睡していたかもしれない。長い長い午後を。とにかく塔は跳ね回り、その地響きに共振した生命体は、高速で回転する宝石に変じた。一億年後には、この惑星の生命体は全て、超高速で回転する宝石になっているだろう。惑星中の生命体をそんな風に変えてしまうことを、そんな風に進化させてしまうことを、あるいはトレードオフさせてしまうことを、塔は愉しんでいたのだろうか。そのことを問えば、やっぱり「否」と答えたかもしれない。しかし回転する宝石を生み出すことに対して何とも思っていなかったとしても、自分だけは回転していないというそのことは愉しんでいた可能性が高い。

 生命体の全てが回転するは、塔が回転しないためだったのだから。

 

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