コノヒト

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 巨大樹は、全て真っ直ぐに天空に向かって伸びていた。己を厳しく律して、その振る舞いで世界を正しい方向へと導いているようだった。私は小さい。私は些末な存在だ。そのことを巨大樹たちは教えてくれている。彼らの存在は、陽光さえ弱めてしまうほどの濃厚さなのだ。地面には、私の影も見当たらない。空気さえ、恐れ戦いている。それなのに、私は愛でずにはいられない。この森を、この森が世界と強く繋がることを求めているとするならば、その世界も。

「どうですか? 現れそうですか?」

 ジョウガサキさんが囁く。役場の制服とは不釣り合いな長靴を履いている。可愛らしい形の桜色をした長靴だった。

「ええ、もうほつきます」

 私も囁き声で答えた。風景の端の方の巨大樹が、その輪郭の一部がゆがみ始めていたから。私は姿勢を低くし、同じようにするようにジョウガサキさんに手だけで指示する。そのまま、指を唇の前で立てる。

「あそこ」

 微かな声で言い、風景の端を指差す。一本の巨大樹からコノヒトがちぎれるように現れる。透明に近い琥珀色をしたコノヒトが。ゆるやかに密やかに、コノヒトは歩き、隣の巨大樹に吸い込まれるように消える。そしてまたその巨大樹からちぎれるように離れ、さらに隣の巨大樹へと入っていく。そうやって次々に巨大樹を渡り歩き、コノヒトは森を彷徨い、奥深くへと去って行った。

「けいられました」

 私が告げると、ジョウガサキさんは大きく息を吸い込む。呼吸を止めていたのだろう。

「どの辺りを移動したか解りましたか?」

「ええ、はっきりと解りました。今もまだ、はっきりと解ります」

「今もまだ?」

 ジョウガサキさんはきょとんとした顔をする。コノヒトのことを詳しくは聞いてこなかったのだろうか。それに私のことも。私にははっきりと見えていた。コノヒトが通っていった巨大樹が、まだ仄かな琥珀色に輝いている様が。

「印をつけていきましょうね。その樹は、倒しても大丈夫です」

「ありがとうございます」

 ジョウガサキさんは丁寧にお辞儀した。でもその相手は本当は私ではないのだ。私はコノヒトに教えて貰っただけなのだから。そういう巨大な存在の導きがなければ、森と共存していくことは出来ない。そしてきっと森だけではないのだろう。世界中のいろいろな場所で、巨大な存在の導きを誰かが受け取っているのだろう。

 この世界と人間が、寄り添って歩き続けるために。

 

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