雨鬼

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 大粒の雨が真っ直ぐに降っている。温かいコーヒーの満たされたカップと座布団を持って、私は裏庭に面した縁側に出る。風がないから、本当に真っ直ぐに雨滴が落ちている。素直な子供たちが、通りすがりに次々とお辞儀をしてくれているような、そんな感じのする雨だった。風に翻弄されない雨は、純粋な雨に思える。純粋な雨は、とても心地良いものなのだと改めて思う。風に吹き上げられてはしゃぎ回る雨が嫌いなわけではないけれど、そういう雨が活劇なら、この雨は絵画だ。端から端まで綿密に鑑賞して、自分の内宇宙と絵画の内宇宙を重ね合わせてみたくなる。もちろんぴったりと重なるわけはなく、いろいろな部分が歪にはみ出すけれど、それはそれで愉しかったりする。

「釘はないのかな?」

 思考を胸の奥に沈めすぎていたために、その声に気づくのが少し遅れた。

「釘はないのかな?」

 庭の真ん中に少年が一人佇んでいた。黒い羽織袴で、蛇の目の傘を差している。その傘を左手で持ち、右手には金槌を握りしめていた。

「雨漏りは、しないのか? 板を張らなくて良いのか?」

 少年はじっと私を見つめて言う。ああ、この子は鬼なのだな、と思った。すぐに解ったと言うべきか。羽織袴の少年の頭に角はなかったけれど、その顔には眼が六つあったから。六つの眼に見つめられて、私は少しざわざわした。

「つまらないな。雨漏りのしない屋敷なんて、つまらないな。そう思わないか?」

 少年は首を傾げ、少しだけうつむく。六つの目に陰りが見えて、私は思わず抱きしめたくなる。でもそんなことをしていけない。なんと言っても鬼なのだから。無視してはいけないが、寄り添いすぎてもいけない。

「人間は、そういうつまらない屋敷が好きなのだと思うわ」

 私の答えを思案するように、少年は六つの眼をくるくると揺り動かした。

「あなたもか。あなたも好きなのか?」

「そうね。好きね。でもね、雨も好き。今日のような真っ直ぐの雨は特に好き」

 そう言うと、少年は満面の笑みで何度も頷く。六つの眼が笑顔の緩みを増幅させていることに気づく。とても可愛かった。

「わかるわかる。真っ直ぐの雨は良い。傘にはねる感じが良い。とても丁寧にはねる感じが良い」

 少年は金槌を懐に収める。そして軽く会釈した。

「雨が続けば、雨漏りするかもしれん。あなたは嫌いかもしれんが、雨漏りのする屋敷は愛嬌があるものだ」

 そう言って、少年は傘を閉じる。傘が完全に閉じられたときには、少年の姿はもうなかった。庭の真ん中に蛇の目の傘だけが横たわっていた。

 私は傘を手に取り、それを縁側に立てかける。雨季はまだ始まったばかりだから、少年はまた現れるつもりなのだろうか。そのつもりでこの傘を残していったのだろうか。

 釘を用意しておいた方が良いだろうか。コーヒーを飲みながらぼんやりと思った。

 

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