妖精を還す

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 この博物館は、展示エリアが十八のブロックに分かれている。僕らはその中の第十七エリアの担当になった。十七エリアは比較的小さなブロックで、教室三個分くらい。L字型のスペースだった。照明は全て点灯されていたから十分に明るかったけれど、僕ら以外に誰もいなかったから光が空気に吸収されているような、そのせいで光の力が減じられているようなそんな気がした。

 このエリアに展示されているのは、オルゴールだった。オルゴールといっても箱形のそれではなく、とても巨大だった。音が響くだけではなく、人形が群舞したり、サーカスの空中ブランコが始まったり、ドラゴンが宙を舞ったりするようなオルゴールだった。もちろんここに展示されているのだから、とても古いものなのだろう。美術的にも文化人類学的にも意味のあるものなのかもしれない。僕にはそういう知識はなかったので、その辺りはさっぱり解らなかったけれど。

「かくれんぼをしているのかもね」

 彼女が独り言のように呟いた。

「かくれんぼ?」

 僕は彼女に目を向ける。彼女は高い天井に目を向けている。彼女の視線を追いかけても、そこにかくれんぼに繋がる何ものも見当たらない。

「だってほら、こういう展示物ってかくれんぼするのに最適だと思わない。そういうサイズ差だと思う」

「掌サイズって感じ?」

「そうね、多分」

 僕らはエリアの中央辺りに立ち、互いに背中同士をくっつけてゆっくりと周囲を見回す。

「光ってるんだよね?」

 僕の問いに彼女が頷く気配。

「そう。煌めいてる感じ」

 そう言って、彼女は何故か笑う、擽ったそうに。

「いたの?」

「うーん、いたというか感じたという感じ」

「ふーん」

 僕は何も感じない。

「あそこ」

 彼女が遠慮がちに指差す。ドラゴンが舞うオルゴールの影を。確かに、僕にもそこにはっきりと見えた。キラキラと輝く小さなフェアリーが。

「鳴らしましょう」

 彼女に促され、僕らは手に持っていたガラスのベルを揺する。表面にラピスラズリが散りばめられたベルを。ゆっくりと強く揺する。でも音は響かない。それでもベルは鳴り響いていることを僕らは知っている。僕らに聞き取れないだけだ。その証拠に、オルゴールの影にいたフェアリーが優雅に漂い近づいてくる。そして僕らの周りを飛び回る。はしゃぐような感じで。僕らはベルを揺らし続けた。すると妖精は僕らの頭上で旋回し始め、やがて独楽のように高速で回転し、無数の煌めきの破片へと分解されてエリア中に飛び散った。

「還ったの?」

「還ったみたいね」

 念のためにそれかしばらくの間、僕らはベルを揺らし続けた。でももうフェアリーが寄ってくることも、旋回することもなかった。このエリアのフェアリーは一個体だけだったようだ。

「何だか、あっけない感じだね」

「もっとすごい冒険を期待してた?」

「うーん、どうだろう。戦うこともあり得るのかも、とか思ったりしてかも。ちょっとだけ」

「戦ったのよ、ベルでね」

 彼女が笑う。得意げに。

 人が来館しないと、博物館にはフェアリーが発生してしまう。それは展示物から発生しているので、放っておくと展示物がダメになってしまう。で、フェアリーを展示物へと還す必要が生じる。大学が休みになって時間を持て余している僕らは、フェアリーを還すという臨時のアルバイトを今日から始めたのだった。

 

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