その手は何を掬い何を零すのか

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 取り急ぎ、近況を報告するね。半年ぶりに人里に、つまりワイファイの届く場所に来てみたら、世界が大きな変化の渦に飲み込まれていることを知って、私は大丈夫だよってことをあなたに知らせておかなくちゃって思ったのです。あなたのことは心配していません。こういう大きな危機に際してあなたが発揮してきた超能力のようなものを、私は何度も目にしてきたから。でもきっとあなたが私のことを心配しているだろうと思って、それを解消するためにあなたの貴重な能力を、そのリソースを割いて欲しくなくて、このメールを送ることにしました。

 この半年間、私は同行の研究者チームの一員として、異境とも呼べる辺境を歩き続けてきました。これは文字通りです。つまり本当に来る日も来る日もただ歩いていたのです。探し求める巨人を、その痕跡を、その影を、あるいは影の幻影を追いかけて。少なすぎる手がかりを頼りに、歩き続けていたのです。もう歩きすぎて、追いかけているのか追われているのか解らなくなるくらいに疲労したりして。それでも私たちの誰も、諦めようとか、次の機会にしようとか、この調査は失敗だったのではとか、言い出す人はいないの。研究者ってどうしょうもないよね。成果が欲しいのじゃないの、自身のキュリオシティを満たしたいだけなの。純粋なキュリオシティをね。あなたもそうだから、よく解るでしょう。

 そして半年歩き続けたある夜、とても澄んだ空に上弦の月が鎮座する夜だったわ、私たちの前にその巨人は唐突に現れたの。これについては私たちの間で今も意見が分かれている。ある人は流星のように空から振ってきたと言い、別の人は地面から立ち上るように聳え立ったといい、また別の人はきらきらと舞う蝶のようなものがたくさん集まって形を成したと言っているわ。私はそのどれでもなく、空間の一点から突然渦が広がり、それが輝いて眩しさを感じた次の瞬間にはもう巨人が立っていた様に見えたの。現れ方は人それぞれだけど、全ての人が現れる瞬間を目撃していて、それを見逃した人は一人もいない。このことには何か意味があるように思うわ。何か重要な意味があるように。

 巨人はね、全身に緑青を纏っているような体色だった。私たちに正面を向けて立っていた。十五メートルくらいの身長。身体や頭部は角張っていて、脚は細く長かった。私たちに向けられたオレンジ色の瞳がとても印象的だった。何かを諭すような目に思えたの。巨人の両肩からは、羽のような翼のようなその中間のようなものが生え出ていて、それがいっぱいに広げられていて、谷を抜けていく風を孕んで熟するように膨らんでいたわ。

 私たちは興奮をなんとか押さえ込んで、その巨人を観察し記録した。そんな私たちの様子を、巨人は首を傾げたまま立ち尽くして見下ろしていた。向こうも私たちのことを観察していたのかも。そして記憶していたのかも。巨人はしばらくそうした後、小さく頷いて、ゆっくりと私たちに背中を向けたわ。するとその背中に、左右の肩甲骨の辺りから二本の腕が生え出ていたの。後方に真っ直ぐ伸ばされた二本の腕は、脚と同じくらい長く、それぞれに六本の指があったわ。そしてその両手が、何もない空間から何かを掬い取るような動作をしたの。するとその椀状に重ねられた手の内に、翠色に煌めく何か、液体なのか固体なのかそれとも光そのものなのかも解らない何かが掬い取られていたの。さらにその手からは紫色に煌めく欠片が零れ落ちていた。手の内には翠色しかないのに、零れ落ちていくものは確かに紫色だった。

 その辺りで私たちは気がついたの。全ての電子機器が作動していないことに。つまり、客観的データが何一つ記録されていないことに。それで私たちは一旦人里まで引き返すしかなくなったの。それ以外の記録方法、つまり紙や鉛筆を私たちはもちろん所持していたけど、実はそれまでの道中で、今考えると意味のないことを記録するために紙をほぼ使い果たしてしまっていたの。詳細を記録するためには、もっとたくさんの紙が必要だということになったわけ。

 という訳で、私たちは明日からまた異境に出発します。また当分ワイファイの届かない場所を歩き回ることになります。再び巨人会えると思う? 実は私は確信しています。また必ずあの巨人に出会えると。あのとき、巨人は私たちに見せたのだと思うの。あの背中の腕で掬う動作を。それを私たちに見て欲しかったのではないかと思うの。いえ、そうとしか思えないの。だから、私たちはそれを詳細に記録し、人類に紹介する必要があると強く思えるのです。

 巨人は、あの手は何を掬っていたのかしら、そして零れたものは何だったのかしら。帰国したら、このことについてあなたとじっくりと話がしたいわ。だからよく考えておいて下さい。

 それじゃあ。

 

スポンサーサイト

コメント