ある者が狩り、その者が狩られる

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 赤い太陽は東の空にあった。白い月は西の空に寝そべっていた。星たちは空の向こう側に紛れようとしていた。

 どす黒い巨大な鬼が、群れを成して走っている。赤い土の大地を。赤い砂煙を上げながら。それは惑星の鮮血かもしれない。それとも、惑星に染みこんだ鬼たちの生命エナジーが逆流して溢れているのだろうか。大地にはぎっしりと紋様が刻まれている。それは森羅万象の生命と、その生命を構築するためのコードを紋様として固定したものだ。そうに違いないだろう。

 どす黒い鬼たちは追いかけていた。真っ白な兎を。小さな小さな、些末な兎を。鬼たちはその兎を狩ろうとしていたのだ。鬼たちは狩るもの、そして兎は狩られるものだ。巨大な鬼の巨大な群が、一匹の小さな兎を狩猟する。それは宴だ。それは祭りだ。そしてそれは極楽への約束事だ。そういう複雑な事象が絶妙な均衡を保ちながら、鬼たちの躍動を支えている。そういう意味で、その狩猟は特別な儀式に違いなかった。

 どす黒い鬼たちは皆笑っていた。鋸歯条の歯をむき出し、紅の歯茎をむきだし、腹の底から笑っていた。その笑いが頂点に達したとき、全ての鬼の口から橙の炎が吹き上がる。それは一直線に些末な兎へと放たれる。そして兎は燃え上がり、転がり、鬼の腕に捉えられる。そうして鬼たちに、骨の髄まで貪られるのだろう。

 私は痛みを感じるだろうか。心に、魂に、思考の渦に痛みを感じるだろうか。その全てでなくとも、どれか一つの知覚にでも痛みを感じるだろうか。その痛みが憐憫の情を浮かび上がらせるだろうか。いや、それはない。でも、何故それがないのかは解らない。何故解らないのかも解らない。

 しかし事態は急変する。燃え上がったと思った兎は、すでに兎ではなくなっている。それは炎を纏った赤鬼だ。そしてそれを鷲掴みにしているのは、神だ。巨大な獣神だ。巨大な鬼の群は、いつの間にか巨大な獣神の群にすり替わっている。その獣神たちの全ての手に、橙に燃え上がる赤鬼が握られている。そして獣神自身も皆燃え上がっている。全身から煌めく青い炎を放出している。そして一斉に、掴んでいる鬼を腹の辺りで二つに引き裂いて、口に放り込みそのまま素早く嚥下した。

 満足そうに中天へと顎を上げ、獣神たちは咆哮を上げた。吐き出された方向は黄金色を纏っていた。黄金色を纏った紋様だった。その紋様の繋がりは願いだった。その願いは、鬼たちの命と引き換えに成就する願いだった。獣神たちは、鬼たちに対する慈悲など微塵も持ち合わせていなかったのだ。

 私は痛みを感じただろうか。それは、感じたかもしれない。何故感じたのかは解らない。何故解らないのかも解らない。

 私は誰で、この事象は何だ?

 これはある者が狩り、その者が狩られる物語だ。そうだ、物語なのだ。すなわち私はこの物語が記述された絵巻物なのだろう。

 これが物語ならば、終わりは必ずあるだろう。

 

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