2020.04.24 Friday
回転騎士の地図記号 #06
JUGEMテーマ:自作小説
ハンプティ・ダンプティはエンプティだ。その内部には虚無があるだけだ。ハンプティ・ダンプティの自我はその殻にあるのであって、殻の内側にあるわけではないからだ。殻そのものと、殻の表層に描かれた紋様が、ハンプティ・ダンプティのキャラクターを構築しているのだ。殻が粉々に砕かれれば、ハンプティ・ダンプティのキャラクターが失われてしまうだけではなく、殻に閉じ込められていた虚無が解放され、世界も失われてしまうだろう。とそんなことを、私は考えていた。敬礼するハンプティ・ダンプティを見つめながら。何度見てもエクソスーツはハンプティ・ダンプティそっくりだ。その体表の紋様は、イースター・エッグを連想してしまう。だから、内部で虚無が渦巻いているような気がしてしまうのだった。そして紋様は隠されたコードで迷彩されているのだろう。
そのエクソスーツはシングルローターのヘリコプターに乗って現れた。平べったい、閉じていないカタピラのような二本の腕を持つヘリコプターで。そこから身を乗り出し、エクソスーツは敬礼している。
「腕付きのヘリコプターなんて久しぶりに見た。骨董品じゃない」
小馬鹿にするようにジゼルが言う。
「政府直属の組織だからじゃない。現状維持が大好きな人たちの集団だから」
私の言葉にジゼルは眉間に皺を寄せ得る。
「ふん、格好悪」
片方の腕が伸び、パーラーの柱の一本を掴む。その腕の上を、エクソスーツが全速で駆け下りてくる。そのままの勢いで柱に抱きつき、さらに勢いを殺すことなくジャンプし、テーブルの上にスライディングして止まった。そして何事もなかったかのように、立ち上がりピンクちゃんことモラトリアム宇宙人に改めて敬礼する。その間に腕付きヘリコプターは去ってしまった。
「お疲れ様です」
エクソスーツがピンクちゃんに声を掛ける。若い男性の声だった。バイザーはゴールドにミラーコートされていたので、顔は解らない。赤いスーツ表面に赤い幾何学紋様が微細に描かれている。それは細かすぎて役に立たない地図のように見えた。あるいは神経質すぎる預言者が記した絵物語のようにも見えた。
「この赤は血の色か、それとも太陽の色か」
ピンクちゃんが呟く。預言者のように。
「おまえは誰だ?」
ピンクちゃんの問いかけにエクソスーツは答えず、ブリケーに向きを変える。
「お疲れ様です」
「あなたは誰でござるか?」
ブリケーの反応にエクソスーツはまた向きを変え、私を見下ろす。
「じゃああなただ、お疲れ様です」
「はあ、お疲れ様です」
私の反応にやっと満足したのか、ミラーコートが解除されキツネ顔が現れた。たとえばぼんやりとしていても、何かを企んでいそうに思えるだろうという感じのキツネ顔が。
「観測者ですね。俺はあなた担当のオペレータです」
「はあ、そうですか」
エクソスーツの右手が差し出されたので、私も右手を差し出す。けれどその手が触れ合う前に、エクソスーツの手がジゼルのネイルハンマーに弾かれていた。
「名前は?」
ジゼルが冷たく問う。
「ダランアラン・ショウニロウです」
「あっそう。じゃあ、ショウニね。で、何しに来たの?」
「観測者のログをロストしたので、調査に来たんです」
「調査? こんな間抜けな感じで? まあいいわ。ロスト状態になったのは、このアダムスキー型のせいよ。そうよね、ピンクちゃん」
ジゼルが屋根を指差す。
「それに関しては、僕からは何もコメントできない。カトマンズ条約の絡みがあるから」
「カトマンズ条約? すると宇宙起因生命体様体、通称アバクスに関する何か重大な事態がここで発生しているのですね」
エクソスーツのショウニが興奮した声を上げる。私たち、私とジゼルとブリケーとピンクちゃんはのんびりと顔を見合わせる。私たちを代表する形でジゼルが答えた。
「何も。ここのチョコレートが超絶的に美味しいってこと以外は」
「は? チョコレート?」
「それは良いことを聞いた。小生もそのチョコレートを頂こうかな」
声の方向に全員が視線を向ける。けれど、そこには誰もいなかった。