Incidental fish

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 世界は、世界そのものは常に孤独を含有しているのだと実感できるくらいに、どこまも荒野が広がる風景だった。僕たちはキャタピラの付いたトラクターを止め、重い身体で地面に下り立った。動力によってその重量はかなり軽減されているように感じるはずなのに、システムの不具合なのか、それともそもそものシステムの限界なのか、身につけているエクソスーツは動作のいちいちが重かった。誰からも操られていないのだということを、宿命だと感じてしまいそうなくらいに。

「どこにラボがあったの?」

 彼女が周囲を見回し、問う。その声は彼女のエクソスーツで電気信号化され、僕のエクソスーツで声に再構築される。そのせいか、隣にいるはずの彼女の声が、惑星を一廻りして届いているように感じた。

「あの辺りかな」

 左腕のコンソールでコンパスを作動させながら、僕は指差す。荒野の一点を、瓦礫さえない、切り取りようのない一点を。

「何もないね」

 特にがっかりした様子もなく、彼女が呟く。何かを期待していたわけではないのだろう。ラボという記号は僕たちには必要のないものだったし。

「都市があったんだよね、ここに」

「うん、それは確かだ。ここには都市があったけど、ラボの事故で都市全体が消失してしまった」

「都市の住人たちも?」

「そう。都市にいた人間も全て、都市と共に」

「そして、この風景が残ったのね?」

「この風景と、得体の知れない物質だけが残った」

 だからこの場所を訪れるのに、エクソスーツが必要だったのだ。

「魚、見えないね」

「うん、見えないね」

「いるはずなんだよね?」

「インフォーマルインフォメーションによるとね」

「ここで、何があったのかな?」

「判らない。ある日、ラボが暴走し、都市がその巻き添えになった。そして魚の情報だけが拡散している。都市の庇護のない場所で、魚たちが空中を優雅に泳ぎ回っていると。それはかつての都市の住人なのだと」

「信じる?」

「僕には解らない。ラボが何の研究をしていたのか。それがどんな状況で都市ごと失われたのか。そのことがどうして魚に繋がるのか」

「そんなこと、訊いてないわ。信じるかどうかを訊いているのよ」

「君は信じるの?」

「質問に質問で返すのはルール違反よ。でも答えてあげる。私はね、信じているわ」

 彼女は、左腕のコンソールのパージボタンを押した。彼女のエクソスーツが弾け飛ぶ。数百年に一度しか咲かない花が、開くように。

「ああ、魚だわ。たくさんの魚。綺麗。ああ、そういうことね。ラボの暴走は、偶発的に魚を生み出すことになった。そして都市は失われたのではなく、必要なくなったのよ。住人たちは、都市から解き放たれることを選んだのよ」

 熱に浮かされたように彼女が語る。その身体が虹の七色に輝き始める。アンモライトのような虹色に。その身体は見る見る鉱物のような質感に変化し、それが折りたたまれるように凝縮され、そして彼女は魚になった。虹の七色に輝く魚に。

「これが、人の進むべき道だわ。パンキッシュ・マニューバ後の世界で」

 そんな声の響きが空気に溶けるより速く、彼女であった虹色の魚は風景のレイヤーの狭間に泳ぎ入り消えた。

 彼女が何を見て、どこに旅立ったのか、それを知るためには僕もパージボタンを押さなければいけないのだろう。けれど僕には出来なかった。まだ僕には四肢が必要だ。理由はないけどそう思えたから。

 

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