アルマジロで宴を

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 砂漠の夜は寒い。シャルランシャルランと空気が嘆くように沈むから。今夜のように、上品な猫が墜落するような月が輝きを振るわせている夜は、特にそれを感じたりする。だからだろうか、次の都市まで走りきれるバッテリーがあったのにもかかわらず、私はオアシスの照明に引き寄せられるようにバギーのステアリングを切っていた。

 泉を取り囲み、キャラバンのメンバーたちがキャンプの設営を終え、一息ついている。キャラバンと共に走行していたのか、マッコウバスの姿も見えた。泉の脇に設置されたステージの周りに、マッコウバスの乗客が集まっている。これから見世物が始まるのだろうか。オアシスは橙の舞い踊る妖精のような光に満ちあふれていて、きっと今夜は誰も眠るつもりはないのだろうと思えた。

 その光と、砂漠の本来の闇との境界で、隻眼の老人が安楽椅子に腰掛けていた。灰色のあごひげをたっぷりと蓄え、パイプを吹かしている。スペースバトルシップの艦長のような出で立ちをしていた。だがもちろんそうではないだろう。きっとこのキャラバンの総帥なのだろう。バギーを止め砂に降り立った私を、その老人が手招く。

「お嬢ちゃん、今夜はいい夜だ」

 エメラルド色の煙を吐き出しながら、老人が笑う。

「いい夜にはアルマジロで宴をする。それがこのキャラバンの習わしだ。そしてまた逆も真だ。すなわちアルマジロで宴をするから、この夜はいい夜になる」

 老人は穏やかに笑い続け、何度も頷く。たぶん自身の言葉に。それが光と闇を行き来する真理を紡いだ言葉だからだろうか。

「ステージに行くといい、お嬢ちゃん。良い夜に来た」

 老人の言葉に従い、私はステージに近づく。ステージには丁度、巨漢の男か上ったところだ。ウイスキー樽のような身体に、細すぎる手足が長い男だった。その脚には過剰な重量の身体であることは明らかで、少しだけその脚が気の毒に思えた。鼻の下から弓のようにゆるやかに跳ね上がる髭を何度か整え、巨漢の男は語り出す。

「さあ、お立ち会い。今宵はアルマジロを楽しむ夜でございます。そしてアルマジロを楽しませる夜でございます」

 蝶ネクタイに燕尾服の男は、ステージ中央の巨大な壺の中からアルマジロを摘まみ上げる。そして夜空を仰ぎ大口を開けて、それを一気に飲み込んだ。

「人というものは、日々の安穏を求めるものでございます。だがお立ち会い、時として戦くことも必要なのでございます」

 巨漢の男はまた空を仰いで大口を開け、その中からアルマジロを取り出す。出てきたアルマジロは、ルビー色に輝いていた。

「そしてこれを飲むのです」

 男はそのルビーのアルマジロをグラスに入れる。すぐにアルマジロはルビー色の液体に変わった。

「さあどうぞ皆さん、宴にどっぷりと身を沈められ、お楽しみ下さい」

 男は次々にアルマジロを飲み込んでは取り出し、グラスに入れて液体に変えた。それがステージに集まる人々に振る舞われた。人々は躊躇なくその液化アルマジロを飲み干し、笑い歌い叫び踊り出す。壺からは果てることなくアルマジロが摘まみ上げられ、液化アルマジロは人々に注ぎ込まれ、その血流に置き換わっていくようだった。

「さあ、お嬢さんもどうぞ」

 差し出されたグラスに、私は口を付ける。甘く濃厚な液体だった。私の体内に一気に浸透し、私の身体全体の、何か硬いものを取り去ってくれるような味がした。あるいは、私の心の奥底の、何かやわらかいものを膨らませてくれるような味だった。その膨らみが、誰かの膨らみと触れ合い押し合い、熱と欲求を交換し合うような、交換し交歓するような、そんな興奮に私を沈ませた。

 やがて私は操り人形の気分になった。心地良い操り人形の気分になった。私は誰に操られているのか。それはアルマジロにだ。アルマジロとは何か。それは世界と戦うために武装した小さな独楽だ。その独楽は戦きによって回転している。私は戦き回転する。

 上品な猫の月が本当に墜落するまで、アルマジロの宴は続く。

 

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