黒と白のとんがり館

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 学校で嫌なことがあった。嫌なことがあると頭蓋骨の内側に毛糸がグニュグニュと溜まる。焦げ茶色の毛糸が脳の中を這いずり回り、脳細胞を削って溶かす。そして僕の頭蓋骨の中は、ギュウギュウに蠢く毛糸で満たされてしまう。そうなるともう僕は自動人形だ。何も考えられないし、何も感じない。ただプログラムに従って、学校から逃げ出すだけだ。

 自動人形のまま、家には帰れない。だから、僕はとんがり館に向かう。それは学校と僕の家の丁度中間にあって、黒いとんがり帽子を被ったような尖塔に四角い箱がくっついたような形の館だった。それで僕はその館をとんがり館と呼んでいる。黒いとんがり館と。その帽子の黒は、きっとブラックホールの底と同じ色なんだと思う。とても重そうで、とても意地悪そうな黒だったから。

 館の玄関扉は17個の錠でロックされている。けれど僕がドアノブを握ると、全ての錠が次々に解錠される。小気味よいビートを刻みながら。たぶん僕が自動人形だから、こんなことができるのだと思う。自動人形でないときにとんがり館に来たことがないので、本当にそうなのかはよく解らないけれど。

 扉を開けるとそこはホールで、その真ん中にこの館の主が立っている。立派なヘラジカの角を二つ頭部に持っている主。なのに女主人なのだ。それは二つの豊かな乳房で解る。衣服を身につけていないので、その乳房はいつも緩やかに揺れている。少しとがった先端を斜め上に向けながら。くびれた胴回りには形の良い腹筋。下半身は細く長く赤茶の毛に覆われていて、足先には蹄が合った。

「やあいらっしゃい、少年」

 女主人が両手を広げる。

「さあ今日も、おまえの溜め込んでいる毛糸を私に頂戴な。自動人形よ」

 僕は女主人に駆け寄り、その胸に、二つの撓わな乳房の間に顔を埋める。そして涙を流す。声を殺して、ただ涙を流す。

「哀しいな、少年。哀しいな、自動人形よ。おまえの毛糸を感じるよ。全てを吐き出しなさい、それがわらわやみにならないように」

 女主人が僕を強く抱き締めてくれる。頭の中の毛糸が全て彼女の体内に流れていき、僕の頭蓋骨は空っぽになる。そこに、彼女の乳房から僕の脳細胞が、浄化されて再構築された僕の脳細胞が挿入され、僕は自動人形から解放される。彼女が僕の涙を拭き取り、僕の唇に軽くキスしてくれる。

「さあもう大丈夫。お家にお帰り、少年」

 僕は頷き、女主人に背を向け玄関扉へと歩く。そしてその扉を開き、とんがり館の外へ一歩踏み出す。次の瞬間、僕は自宅の前に立っている。白いとんがり帽子を被ったような尖塔があり、近所の人たちに白いとんがり館と呼ばれている僕の家の前に。

「ただいま」

 たった一つのロック、18個目のロックを解除して、僕は扉を開く。そこはホールで、その真ん中に母様が立っている。衣服を身につけていないので、母様の乳房も緩やかに揺れている。

「お帰り」

 僕は母様の胸に飛び込み、乳房に顔を埋める。

「あなた血だらけだけどどうしたの?」

 母様が訊くので、僕は記憶を手繰る。くもり硝子の向こう側の、ひどく読み取りにくい記憶を。

「たぶん誰かを切り裂いたんだと思う。そしてその誰かの生命を砕いたんだと思う」

「そう、ではその誰かを埋めてしまわないとね」

「ああそうだね。それは思いつかなかったよ」

「どこで、切り裂いたの?」

「きっと黒いとんがり館だと思う」

「そう、ではそこに行きましょう」

 僕と母様はスコップを手に取り、白いとんがり館から黒いとんがり館へ向かうことにした。

「あなたのプログラムは、少し残忍すぎるかも知れないわね」

 そう言いながら、母様は愉しそうに笑う。

 

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