Fold

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 ゼミメンバーでの初めての飲み会で、たまたま席が隣になった鷺宮さんがどこか恥ずかしそうに僕に囁いた。

「折り紙とかが好きなの?」

 僕だけに聞こえるような小さな声だった。独り言の成分が強い囁きだった。普段なら聞き逃したかもしれないような囁きだったけど、「折り」という響きが入っていたので僕は鷺宮さんに顔を向けた。

「え?」

「それ」

 鷺宮さんが僕の箸置きを指差す。それは僕が割り箸の袋を折って作ったクラウン型の箸置きだった。

「ああ、うん。折り紙も好きだけど、折りたたむということが好きなんだ」

「折りたたむということ?」

「そう。紙である必要はないんだ。衣類をたたむのも好きだし、テントや傘や自転車や家具を折りたたむのも好きだよ。折りたたむ過程が複雑であればあるほど愉しくなるんだ」

 かなり飲んでいて酔っていたせいだろう、いつもなら決して口にしないような告白を、気がついたときにはもうしてしまっていた。きっと変に思われただろうなと思ったけれど、どうしようもない。鷺宮さんは黙り込み、じっと僕の作ったクラウンを見つめている。その横顔はドキッとするほど真剣な表情だった。

「初めてだわ」

 クラウンを見つめたまま、鷺宮さんが呟く。それは純度の高い独り言だ。そして僕に向けられた眼差しにも、不純物は一切混じっていない。冷酷なほどに純粋な眼差しだった。

「好きなの、折りたたむことが、私も」

 そう言った後しばらく黙り込み、消え入りそうな声で鷺宮さんは付け加えた。

「それに、折りたたまれることも」

 そして僕らは二人で飲み会を抜けだし、鷺宮さんの部屋に行くことになった。

 

 彼女のワンルームの部屋にはたくさんの大小の箱が、色も装飾も様々な箱が、でも形は基本的に正方形の箱が並んでいた。

「好きなのを開けてみて」

 鷺宮さんに促され、適当に目に付いた箱を開けてみる。青白い宝石が入っている、と最初は思った。けれどよく見ると、それは眼球だった。どこかで見たことのあるような眼球だ。

「シベリアンハスキーなの。このアパートはペット不可だから、折りたたんで箱に仕舞っているの。もちろんちゃんと生きてるわよ。そしてこの子も、箱に仕舞われることをとても気に入っているの」

 鷺宮さんによると、ほとんどの箱にはたたまれた何かが仕舞われているのだそうだ。それは四季折々の花だったり、迷い猫だったり、廃園になった遊園地の回転木馬だったり、キャンプに行ったときの焚き火だったりするのだという。彼女曰く、この世界の多くのものは折りたためるのだそうだ。そしていくつかの箱の中身を僕に見せながら、そのたたみ方を解説してくれた。

 その内容はとても面白かった。途中から僕は何度も何度も質問を差し挟み、鷺宮さんはその一つ一つに丁寧に答えてくれた。窓の外が朝の色に変わり始めた頃には、僕はすっかりこの折りたたみについて理解していた。早く家に帰って、僕も何かを折りたたんでみたかった。そう彼女に告げて帰ろうとすると、彼女に強く腕を捕まれた。そしてまた純粋な眼差しで見つめられる。

「私を、私を折りたたんでみない?」

「僕が? 君を?」

「私、ずっとそれを願ってたの。でも出会えなかった。やっと、あなたに出会えたの」

「いいの?」

 鷺宮さんは頷き、裸になった。

「やってみて」

 僕は慎重に、丁寧に、彼女を折りたたんだ。一折りするごとに、彼女への愛おしさが込み上げてきた。その気持ちに忠実にさらに彼女を折り上げていく。窓の外がすっかり朝色になる頃に、僕は彼女を掌にのるくらいに折りたたみ、箱に仕舞った。

 箱の中の彼女の瞳は、幸せそうに潤んでいた。

 

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