Hummingbird oiler #02

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 メタルブルーとメタルグリーンが互いを尊重し合うような紋様を纏ったハチドリが、宙の一点でじっとホバリングする。激しく稼働し続ける翼は、その形から色彩が滲み流れ漏れるほどのスピードを有していた。ハチドリの腹からはラインが伸び出ていて、それが僕の手元のコンソールに繋がっている。コンソールにはモニタとキーボード、そして七つのハンドルがある。僕は主にその七つのハンドルでハチドリを操作する。

 長い嘴は、ハチドリが得るためにあるのではない。ハチドリが与えるためにあるのだ。与えるために、ハチドリは飛翔する。キラキラとブルーとグリーンの紋様を弾かせ、それを魔法の粉のように撒き散らしながら、ただ与えるために飛ぶ。高速羽ばたきの音は、極域の澄んだ夜を連想させる。オーロラのイメージを湧き上がらせる。あるいは、生命を億年先まで閉じ込める永久凍土の冷静さを感じさせた。

 僕は目まぐるしくハンドルを回す。ハチドリが急降下し、嘴がメイジャーの関節を狙う。まずは右手の小指から。そこから全身の関節に注油してまわり、左手の小指で終わる。所要時間は約1時間。正確には59分15秒。僕はいつものように作業を進めていく。いつもは途中でメイジャーと会話したりしたけれど、会話しながらでも注油時間は変わらない。僕の手は、オートマチックにハンドルを操作するから。それが出来るスキルを、僕は身につけていたから。

 だから、涙を零していても大丈夫。泣き叫んでいても時間は変わらない。そうはしなかったけれど。

 ハチドリはいつもと変わらず、本当はいつもより少しだけ丁寧に、メイジャーへの注油を終えるとトランクに戻る。僕はコンソールをトランクにしまう。いつもはそれからワッフルとかホットサンドとかとティーをご馳走になるけれど、もちろん今日はない。

「メイジャー、オペレータがよろしくと言ってました」

 僕は、メイジャーの胸に手をあててみる。戦場で百年間ポンピングし、退役後の百年間をここでポンピングしたハートが手のすぐ下にあるはずだけど、その余韻は感じられなかった。そしてやることがなくなった。

「じゃあ、さよならメイジャー」

 僕は小さく手を振ってみる。何か足りないような気がしたけれど、何が足りないかは解らなかった。そうしてメイジャーに背を向けようとしたとき、天井からベッドに、メイジャーのボディのすぐ上に、ホログラムが投影された。小さなメイジャーのホログラムが。

「念のために言っておくと、このホログラムはあらかじめ記録されたものだ」

 生真面目なメイジャーらしい始め方だな、と思った。

「そしてこれを君が見ているということは、私のハートは停止しているということだろう。百年が経過して。君と過ごしたこの数年間は、退役後の百年の中でも一際興味深いものだった。ありがとう。心からありがとう」

 小さなメイジャーが深々とお辞儀をした。思わず僕もお辞儀をしていた。

「君への感謝を伝えたくて私の最高傑作を送りたかったのだが、よく考えてみると最高の作品は常に次に作られるだろう今はまだ存在しない作品だと思える。だからそれを君に差し上げることは、残念ながら出来そうにない。そこで二番目に最高の作品を君に進呈したいと思う。二番目に最高という表現は誤った表現だが、それは許して欲しい」

 ベッド脇の壁の一部が開き、中から懐中時計が現れた。メタルブルーとメタルグリーンが互いに尊重し合う紋様の懐中時計だった。

「百年間、私は花を育て、時計を作り続けた。二つの仕事しかやってこなかったので、君に遅れるのは花か時計しかない。しかし花を送ることは出来そうにないので、時計を贈りたい。ありがとう。君の注油はとても心地よかった。君の朗らかな心が、ハチドリの嘴から伝わってくるのをはっきりと感じることができた。関節だけではなく、ハートも滑らかにしてくれたよ。私の濁ったハートを、濁って強張ったハートをやわらく澄ませてくれたよ。心からありがとう」

 ホログラムはそこで、唐突に消えた。他に何を期待していたわけでもないけれど、物足りない気持ちをどうしようもなく感じた。感じずにはいられなかった。

 僕は懐中時計を手に取り、その蓋を開く。文字盤部分が水面のように揺らいでいる。それが塊となって立ち上がり、翼を持つ馬になった。そしてその馬が声高々と嘶くように前肢を持ち上げ、そのまま時刻を表す数字に変化する。そしてまた水面に吸い込まれる。蓋を開けるたび、そうやって時刻を表示する懐中時計だった。

「ありがとうございます、メイジャー」

 僕は何度も何度蓋を開け、水性の翼馬を見つめた。声を上げて泣きながら、見つめ続けた。

 

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