箱庭のコヨーテ

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 1メートル四方の浅い箱、その真ん中に一匹のコヨーテが佇んでいた。凛々しい顔つきで、少しだけ斜め上方に鼻先を傾けている。遠い場所を見つめているようだった。その場所には、コヨーテの求める風が吹き、コヨーテの求める光が降り注いでいるのかも知れない。つまりこの箱庭は、コヨーテにとっても寂しい場所なのだろう。見えない雨が降っているのかも知れない。冷たく尖った悪意の雨が。あるいは未熟で愚かな雨が。

 少年がコヨーテを見つめている。箱庭の真ん中の孤独なコヨーテを。そのフィギュアをそこに置いたのは少年で、だからそのコヨーテを孤独にしたのも少年だ。箱庭には、その他のいかなる事象も存在しない。孤独なコヨーテだけの箱庭にはどんな意味があるだろう。答えを出すことを急いではいけない、と私は自身に言い聞かせる。

「これで完成?」

 私の問いかけに、少年は無言で頷く。そして意外そうな表情で私を見上げた。どうしてそんな当たり前のことを尋ねるのか、という瞳が私に向けられている。

「コヨーテは、寂しくないのかしら?」

 少年は首を傾げ、箱の脇にあったディンゴのフィギュアを手に取る。

「時間がたつと、ディンゴがやって来るんです」

 少年は、ディンゴをコヨーテの直ぐ横に並べる。そして指先でコヨーテを軽く弾き、横たわらせた。

「それで、コヨーテはディンゴに殺されてしまいます。首を噛み砕かれて、たくさんの血が流れて、コヨーテは死んでしまいます。だから、コヨーテは寂しさを感じません」

「ではそのあとに、ディンゴは寂しくならないのかしら?」

 少年は微笑み、箱の脇にあったカブトムシのフィギュアを手に取る。それをディンゴの横に並べ、ディンゴを横たわらせた。

「カブトムシがやってきて、ディンゴの心臓を壊します。だから、ディンゴは寂しさを感じません」

 箱の周りにもうフィギュアがないことを確かめてから、私は質問を続ける。

「ではそのあとに、カブトムシが寂しくなるのではないかしら?」

 すると少年は真剣な眼差しで真っ直ぐに私を見つめ、しばらくの沈黙の後に言った。

「先生、宇宙は暗黒エネルギーによって加速膨張しています。でも、暗黒エネルギーは目まぐるしく変化しています。だから銀河たちはびっくりしながら、吹き飛んでいきます。そして宇宙は暗黒物質で満たされています。でもこの暗黒物質はいないかもしれません。暗黒物質がいなくても、宇宙は宇宙でいることが出来るかもしれません。僕らはそんな宇宙と一緒に歌っています。歌っているのだと思います。クジラみたいなソングを」

「それが、寂しくならない理由なの?」

 少年は、はにかむ表情で少し俯いた。その振る舞いに、私は性的な興奮を感じてしまった。

「だって、そんな宇宙では寂しさを感じている暇はないでしょう? 僕も先生もコヨーテも、加速しているんだから」

 少年は箱庭からカブトムシとディンゴを取り出し、再びコヨーテを立ち上がらせた。

 美しく完成されたコヨーテの孤独を、私はその箱庭に見いだした。

 

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