Dance with apes

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 風が急激に冷えた。けれど陽光は殺人的に鋭かった。頬に微少な何かが落ちた。次々と落ちてくる。それは雪だった。こんな南の島に、しかも真夏に雪が降るなんて、世界は終わろうとしているのだろうか。ふとそう考えたけど、まあ違うだろうとすぐに思い直した。条件さえ揃えば南の島でも雪は降る。条件さえ整えば、どんな事象でも起こりうるものだ。

「風が心地いいね」

 妹が私の肩に頬を乗せて言う。見えないけれど、きっと私と同じ表情をしているだろう。もともと相似の顔を持っていて、たいていの場合気持ちも相似だったから。今も私と同じことを考えているはずだ。

「こんなに光が尖っていると、雪は積もらないだろうね」

 ほら、やっぱり。私と同じように、雪景色に憧れていたりするのだ。

 冷たい風は地面すれすれでしきりにとんぼを切っている。黒く無骨な岩肌をなだめるように、まばらに伸びる草を揺さぶっていた。岩肌の向こうには犇めく木々。その懐は濃密な闇。どんなに光が差し込もうとしてもその闇は純粋すぎて、光は粉砕されてしまう。闇の向こう側には海があるはずだったけれど、その欠片も見えなかった。

 闇の中から、猿が現れた。十匹、二十匹、五十匹、百匹、二百匹、たくさん。薄いピンクがかった灰色の毛を纏ったたくさんの猿が、岩肌の上に並ぶ。たぶん千匹くらいはいただろうけど、岩肌の全てを隠すことはできていない。この場所はそれほど広いのだ。だからこそ猿たちはここに集うのだろう。一匹だけ、他の猿たちより二回りほど大きな猿がいた。その猿が集団の先頭で両腕と両脚を大きく開き、頭上で両の掌を三度打ち鳴らす。そして腕と脚をしなやかに振り回して舞い始めた。直ぐに他の猿たちも踊り始める。けれどそれは統率された群舞ではない。幾つものグループに分かれ、それぞれの場所で、それぞれの踊りが、それぞれに捧げられるように舞われている。

 それでも、そこには何か大きな象徴が生まれていた。そしてそれは確かに、最初に踊り出した猿を中心にした象徴だった。にもかかわらず、その猿が群舞の中心にいるのかというと、決してそうではなかった。幾つものグループがばらばらに踊り、けれどそれは美しく構築された群舞でもあるのだ。

 まるで世界のようだった。まるで生命体のようだった。まるで八百万の神々のようだった。

「さあ、行こうよ」

 妹が私の手を取る。私は強く頷く。私たちは群舞の中に飛び込み。踊った。何を考えることもなく、ただ気ままに手と足を振り回して。最初は二人だったけれど、いつの間にか何匹かの猿のグループに取り込まれていた。時々、その猿たちと目が合った。「おまえたちも、理を身に染み込ませたいのだろう?」と言っているような瞳を、どの猿も私たちに向ける。やがて最初に踊り出した大きな猿が、踊りながら私たちに近づいてくる。

「まれびとよ、くしたるときをすごしてくれ」

 唸るように言って、踊りながら離れていく。

 私たちは、高速すぎて止まってしまった時間の中で踊り続けた。

 

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