魔女と瑞姫

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 瑞姫の機嫌がすこぶる良くないとかで、祖母が水源の滝に行かなければならなくなった。いやちょっと待って、今年の当番魔女は、祖母ではなかったはず。と私が指摘すると、その当番魔女が瑞姫の機嫌を損ねてしまったらしい、と祖母が言う。それで私の車で、当然私の運転で、水源まで送れと言う。私の車は四駆でしかもサブコンパクトカーだったから、水源までの細い悪路を走破することは出来るのだけど、道に張り出した木々の枝で車体に細かな傷がつくので正直嫌だった。けれど水がなければ生活が出来ないので、渋々車を出すことにした。

 激しく揺れ、所々で大きく車体を傾けて、急斜面を上りながら、私は祖母に尋ねる。魔女なのだから、箒や絨毯のようなもので飛んでいけないものなのかと。祖母を送るたびに問いかけていたから、これは質問ではなく愚痴だった。そして祖母もいつもと同じように答える。魔女とはそういうものではないの。あなたは魔女をちっとも解っていない、と。

 魔法なんてない、自然の法則があるだけだ。というのが普段からの祖母の口癖だけど。今年80歳になるのに、30歳ぐらいにしか見えず、並んで歩いているといつも姉妹に間違われる祖母だから、私には魔法が存在しないなんてとても信じられない。もっとも祖母に言わせれば、私が自然の法則に逆らって生きているだけなのだということになるらしい。

 水源の滝に着くと、祖母は身軽に崖を下りていく。そして水源に膝まで入り、滝の流れの音に共鳴させるような声で、或いはその流れの表面を撫で上げるような声で呼びかけた。

「瑞姫さん、出てきておくれ。わたしと話をしておくれ」

 すると荒々しい落水の壁が割れ、その向こうから十二単を纏った女性が現れた。艶やかで鮮やかな色彩の衣装に全く引けを取らない、何とも愛くるしい女の子だった。長い黒髪も顔も衣装も、水の向こうから現れたはずなのに濡れてはいなかった。そして水源の水面から数センチ浮き上がった状態で正座していた。

「花が、麻呂の好みではないの」

「解っていますよ。ちゃんと只今の好みの花を持参しましたとも」

 祖母が私に合図する。私は車から紫色の花束を取り出し、崖を下りる。まったくよくこんなところを苦もなく下りられたものだと思えるくらい険しかった。祖母に手渡そうとしたら、祖母は首を振って両手で瑞姫を指し示した。

「さあ、オクラレルカですよ。只今はそういった気分でしょう」

「ああ、だからミチエは好きよ。ずっとミチエが当番なら良いのに」

 私が差しだした花束を瑞姫は受け取り抱きしめた。愛おしそうに花を見つめ、穏やかに微笑む。そして滑るように水流の向こうに消えた。何故だか解らないけれど、無理矢理にでも引き留めたいという気持ちが湧き上がった。同時に、それはきっと悪しき気持ちなのだろうとも思えた。

「誰でも、そう思うものですよ」

 祖母が言う。やっぱり、魔法が使えるに違いない。

「そしてそう思ってしまうが故に、瑞姫の気持ちを読み違え、機嫌を損ねてしまうのです」

 その声は滝に弾けて砕けて煌めいた。

「私も魔女になろうかな」

 その私の呟きに、祖母は優しく微笑んだ。ただ微笑んだだけだった。

 

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