影、或いは展開する清浄明潔

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 庭の隅から生け垣の裾を擦り抜けて、それは控えめに転がり出た。

 空は雲一つなくきっぱりと覚醒した青、緩やかな南西風はびしょ濡れ小僧。そんな朝に、私は縁側で食後のエスプレッソを飲んでいた。その私に挨拶するように、それは庭の真ん中まで転がり進んだ。

 卵のような形をしていた。でもその形は時々揺らいだ。最初それは灰色一色だったけれど、庭の中央に達すると薄青と橙と赤の三色が鬩ぎ合うように、或いは群舞するようにそれの表面で形とは別に揺らぎ始めた。とても透明感のある三色だった。するとこれは炎なのかもしれない、と私は何となく思った。

 それはやがて立方体になり、星型十二面体になり、花になった。蘭のようにもハイビスカスのようにも見える花だった。花からは芳香が漂い出ていた。生まれる前に嗅いだことがあるような香だった。まだ私の二重螺旋が構築される前に、包まれたことがある香のように思えた。

 香に誘われたのか、一羽のカラスが静かに舞い降りてきた。遙かな未来から旅をしてきたような目をしたカラスだった。旅の途中でたくさんの叡智を吸収してきたような艶のある翼を有していた。カラスは花の傍らに着地し、その花を覗き込む。次の瞬間、花がカラスを食らった。花は何を求めていたのだろう。燃焼する生命だろうか。凝固された知恵だろうか。そして今のカラスは三つ足だっただろうか。そうだったようにも、そうでなかったようにも思えた。

 そんなことを考えているうちに、花は鳥になっていた。カラスよりずっと大きな孔雀に似た鳥に。体表はもちろん薄青と橙と赤の透明な舞いに染め上げられている。鳥は両翼をうねらせ、その躍動とは裏腹にとても軽やかに浮かび上がった。重力などには支配されていないかのように。いや、重力どころかこの世界のあらゆる法則から解き放たれているかのように。

 どれくらいだろう。屋根と同じくらいの高さだったから、3メートル位だろうか。そのくらいの高さまで浮き上がると、鳥はゆっくりと裏返った。嘴から頭、首、胴、翼、足、尾と、身体の全てが裏返ったのだ。そして激しく揺らぐ塊に変じた後、炸裂し無数に飛散して消えた。そのとき、清廉な鳴音が響いたような気がした。

 鳥は影だったのだろうか。それとも展開図だったのだろうか。

 つまり、高次元の清浄明潔だったのだろうか。

 しばらく空を眺めながら、私はぼんやりと考えをこねくり回してみたりした。それに飽きると寝転がり、ただその朝を身体に染みこませた。

 やっぱり炎だったのかもしれないな、と私はまた思った。

 

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