Choreography by butterflies

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 ざわざわと空気を揺り転がす南風が私を誘うので、縁側で朝食を取ることにした。ついさっきまで雨が落ちていたので、庭もその向こうの空も薄灰色の刷毛で粗く擦ったような質感を纏っていた。ざわざわの南風が、私の心をじんじんと蠢かせる。それは強く揉みしだかれているような感じで、それでいて微かに擽られているような感じでもある。奇妙な感覚が皮膚の直ぐ下を駆け巡るのを感じながら、私は卵かけご飯を食べて、さんぴん茶を飲んだ。

 庭の隅から一匹の蝶が現れた。羽の先が鮮やかなオレンジ色をした白い蝶。南風に翻弄されながら、庭を浮遊する。庭の空気にその羽のオレンジが記述する。どこかの言葉のようだ。でも現存するいかなる言語でもなさそうだ。ではこれは過去に失われてしまった言語だろうか。それとも未来の文明が構築するだろう言語だろうか。とにかく今ここには存在しない言語だと思えた。銀河の果てから抽出された言語のようにさえ思えた。しかしその言語が私に何を告げているのかは、はっきりと解った。

『おいでよ』

 庭の空気には、そうはっきりと記述されている。何度も何度も、何行も何行も。その記述が庭の植物たちを火照らせるくらいに。蝶が、庭を出て行こうとする。私は慌ててサンダルに足を通し、蝶を追いかける。蝶は庭の端、浜へと通じる階段を下っていく。生い茂る緑が覆い被さって作られたトンネルの奥へと。もちろん私も緑の薄闇へと飛び込む。兎を追うアリスのように。いや、追いかけているのは赤の女王かもしれない。

 階段を下りきった砂浜では、無数の蝶が乱舞していた。庭で私を誘った子と同じ蝶たちだ。朝日に輝く凪の水面を背景に、蝶たちは奔放に踊っている。浜を取り囲む樹木が風を遮ってくれるから、蝶たちは存分に独自の舞いを表現することが出来る。無数の蝶たちは、それぞれが身勝手に踊っているのではなかった。一見ばらばらに見えたそれは、一つの統一された演目だった。冬が終わり夏へと結ぶごく短い春。そういう演目だった。

 私は蝶たちに囲まれて、自分が招かれたのだと知る。周りをよく観察し、蝶たちの舞いの振り付けを読み取る。いろいろな蝶が様々な振り付けで踊っていたけれど、それらは精密に噛み合っている。けれど僅かに隙間があって、それを埋めるのが私の役割なのだろうと思った。

 最初はおずおずと、でも直ぐに大胆に私は踊る。読み取った振り付けは間違っているかもしれないけれど構うものか。とても気持ちよかったから。この演目に参加できることが。サンダルを脱ぎ捨て、髪を振り乱し、我を忘れて私は舞う。

 気がつくと、私は大声で泣き笑っていた。

 

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