唇に青ざめた薔薇

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 袋小路に迷い込んでしまうのは、意味を求めているからだ。意味は求めるものではない。誂えて纏うものだ。『賢い弟子』とは、そういう職業でもある。

 

『痛い、とても痛いわ。いいえ、痛かった、とても痛かったのよ』

「解ります、お師匠様。けれどもう鋭利な言葉はあなたには似合いませんよ」

『めちゃめちゃに引き裂かれたのよ、あのクソ野郎に』

「ええ、よく存じております。でもあなたは淑女なのですから、下品な言葉は控えて頂かなければ」

『クソをクソといって何が悪いの? あいつも同じようにバラバラに引き裂いて、内臓を掴み出し、目玉をえぐり取ってぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたい』

「お師匠様、あなたには旅立って頂かなければいけません。そのためには、清らかな心持ちになって頂かなければ。怒りや憎しみを風に跨がらせ、遠い海へと運ばせて下さい。その手筈は、わたくしが整えますのでお任せ下さい」

『いやよ、このクソッタレな気持ちは治まらないわ。クソ、クソ、クソ』

 柔らかく温かくさらさらとした指先が、唇に触れる。そっと優しく、少し卑猥に唇を撫でる。指先から唇に、痛みにと手もよく似た快楽の熱情が注ぎ込まれる。

「お師匠様、あなたの口は美しい音色を発するためにあるのですよ。そして唇は、誰しもを魅了するためにあるのですよ。たとえ尖った毒を隠し持っていたとしても」

 指先が、微かに弾んだ。すると唇が、淡青色の薔薇に変わる。そこから芳香と硝子のベルの音が響き出す。青ざめた薔薇は最初激しく震えていたけれど、やがて眩く輝き始め、澄んだベルの響きがその輝きを際限なく増幅させた。それを感じることができるものは、躊躇なく心を捧げてしまいたくなるほどの輝きだった。

「そう、それでいい。ご機嫌よう、お師匠様」

 

 監察医はじっと横たわる遺体を見下ろし、僅かに首を傾げた。

「何だろう、何も変わっていないはずなのに、穏やかになったように感じる。ご遺体も、私も」

「この方には蹂躙された死を脱ぎ捨てて頂き、別の美しい死を纏って頂きました」

 遺体を挟んで立つ黒衣の青年が、どこかはにかむように説明する。遺体を見下ろす彼の眼差しは、何故か遺体に魅了されているように監察医には見えた。そして実は監察医にも、この猟奇殺人の被害者の女性、その継ぎ接ぎや修復だらけの遺体のことが美しく見え始めていたのだった。

 

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