The pure golden bottle

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 巨大樹には葉は一枚もなかった。瑠璃色の幹が葉のない那由他の枝をあらゆる方向に伸ばしていた。それは複雑な幾何学模様を描き、何かの立体的な呪文が構築されているように思えた。つまりこれは魔法なのだ。魔法の組成が記述されていると、私は理解した。するとボトルには、何が集められているというのだろう。

 そう、ボトルだ。那由他の枝の至る所にボトルがぶら下げられていた。ボトルは極薄い黄金色を纏っていた。たぶん透明なボトルに、そういう彩色を施したのだろう。ということは、この色はとても重要な意味を持っているに違いない。これだけたくさんのボトルに寸分違わぬ色彩を纏わせているのだから。

 そしてボトルの内部には、何かがたまっている。何かが入力されている。何かが眠っている。その極薄い黄金色に守られるように、その色を食して育っているのかもしれない。深い夢の底でその何かは次に翻る瞬間、おそらく最初で最後の翻りのために、魔法によってボトル内部に満たされていく記号をギシガシと噛み合わせているように感じた。

 それは何だろう。巨大樹の慈しみを受ける何か。おそらくそれは純粋な何かだ。この極薄い黄金色が、その純粋さを増幅しているのかもしれないし、逆にその何かがこの黄金色を純粋なそれへと昇華させているのかもしれない。ではこれは、世界のもっとも脆弱な部分をさらに弱めるための魔法なのかもしれないな。そう思えた。そう思うと、ボトルの内部に宿る何かをぼんやりと感じることが出来るような気がした。

「生まれなかった子らの魂ですか?」

 私は巨大樹に尋ねる。

「だとしたら、お前は何者か?」

 可聴領域ぎりぎりの高音で、巨大樹に問い返される。

「私は旅の中で、世界が流した涙の結晶を蒐集する者です」

 私は懐から袋を取り出し、その中から一粒の結晶を摘まみ出す。両端が鋭く尖った透明な紡錘形の結晶。取り出すときに指先を傷つけ、私の指先から血が滴る。真朱の鮮血が指先から零れ落ち、それは足下に落ちる前に生温い風に掠われて、おそらくは余剰次元の内側に消えた。

「その血はお前の者ではない。その血は、次に生まれる子らのもの」

 巨大樹の指摘に、私は強く頷く。

「解っています。私より次の子らの方を世界は望んでいる」

「だが、私はお前を望んでいるよ」

 生温い風が私の頬を優しく撫でる。それは巨大樹の根元の洞から噴き出していた。

「では、私を捧げましょう」

 結晶の鋭利な先端で胸をえぐり、取り出した心臓を私はその洞に納めた。心臓が失われても、私の旅は終わりはしない。何故なら、私は世界から弾け飛んだ歯車の一つなのだから。

 

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