独楽と駒が盤遊戯で織り噛みする

JUGEMテーマ:自作小説

 

 独楽は、僕の頭の天辺で高速回転している。それは突然その場所に現れて回転を始めたので、いや現れたときにはすでに高速回転していたので、僕がその独楽を、その独楽の回転を客観的に観察することは出来なかった。僕は感じることしか出来ない。独断的に、あるいは妄想的に。僕は目を閉じ、まずはその独楽の外観をイメージする。それはたぶん小星形十二面体のような姿をしている。それにとても近いけれど、それそのものではない。でもどこが違うのかを感じ取ることは出来ない。だからただ小星形十二面体近縁体と、僕は記述する。鮮明だけど正確に認知できない姿として、僕の後頭葉に記述する。

 僕は息を止めて、独楽の色と紋様をイメージする。眩しすぎてよく解らない。青か緑か、それとも藍か。そういう重力を伝えやすい色だ。同時に反重力を放出しやすい色だろう。紋様はない。微少な紋様が色の奥底に沈んでいて、時々一瞬だけ発光しているようにも感じたけれど、定かではない。それは僕の神経系のノイズかもしれないから。いや紋様はあるのかもしれない。今はないけどこれから生み出されるのかもしれない。ふっとそう閃いた。そう閃いてしまったのは、僕の心臓の鼓動が止まったからだ。

 僕の心臓の鼓動が止まり、独楽が踊り始めた。僕の身体の表層を、縦横微塵に奔放に、疾走する。僕は揺らいでいた。立っているわけでもなく、横たわっているわけでもなく、ただ宙を揺らいでいた。いつの間にか質量を失ってしまったかのようだ。人は心臓が止まると質量を失うものなのだろうか。それとも山羊の頭蓋骨巨人のように、宙を忍び歩くスキルのようなものが僕に働いているのだろうか。

 疾走する駒から、何かが弾かれるように飛び出した。紋様が生まれ出たのかと思ったけれど、それは紋様ではなく駒だった。緋色の、長い鬣をなびかせる駒だった。駒もまた、僕の表層を猛烈な勢いで疾駆する。勢い余って跳ね飛んだりして、慌てるように宙で翻って僕の表層に戻ったりして、また駆ける。二者の軌道は最初交わりも重なりもしていなかったけれど、疾走と疾駆が互いに相手を意識するような挙動になり、やがて所々でぶつかるような、絡まるような、擦り合うような、熱を交換し合うような、様相を見せ始める。

 ああこれは、盤遊戯だ。そう気づいた。

 独楽と駒は僕という盤上で、激しい攻防を繰り返しているのだ。その攻防の中で、互いの核と核で交歓しているのだろう。二者は互いに相手の核に自身の核を織り込み、互いに相手の核と自身の核を噛み合わせているのだ。そしてそれを何度も繰り返しているのだ。それが行われるたびに、僕の身体から何かが抽出されていく。何かは解らないけれど、螺子のようなもの。あるいは僕を構成する文字か。秘された役割を任されて眠っている文字かもしれない。でもそれは螺子のような文字だ。外すことで分解し、差し込むことで構築できる、やろうと思えば何度でも再構築できるという意味で。

『コシノモノを遣わす』

 誰かの声が聞こえた、ような気がしたけれどそれは声ではなかったかもしれない。それは空間の歪みだったかもしれない。それと一緒に歪められた光の波だったかもしれない。粒子性を隠蔽した波だったかもしれない。

「ありがたく拝領します」

 気がつくと、僕は薄暗い部屋の真ん中で正座していて、一振りの刀を両手で捧げ持っていた。

 

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