Message from somebody

JUGEMテーマ:ものがたり

 

 それは、線香花火のような細かな閃光を放っている。しかし線香花火のように、その中心に火球は有していない。では何からその閃光は放たれているのか。それは解らない。その中心に何かがあって、その得体の知れない何かから閃光あるいは線光が放たれているのか、それともその中心には何もなく、閃光あるいは線光は何もない起点から花のように咲き開いているのか、それも解らない。

 ただ綺麗だった。その柘榴色の閃光あるいは線光は。熟し切った甘みが口中に広がるような綺麗さだった。

「どう?」

 上司に尋ねられて、私は首を傾げる。年齢不詳のその人は、この研究室を束ねる私の直属の上司であり、この研究室が属する大学の教授でもある。

「これ、本当に私が解析していていいんでしょうか?」

「そういう返しをすると言うことは、進んでいるのね?」

 鋭い。さすが女性の身で学長に一番近い人物と呼ばれるだけはある。まあそうでなければ、このカプセルを入手してくることも出来なかっただろうが。世界に二十一個しかない、閃光あるいは線光が閉じ込められたこのカプセルを。

「やっぱり、メッセージだと思います」

「言語だということ?」

「というか、言語的なもの、言語に置換可能なもの、言語に置換可能な数式、あるいは反応という感じだと思います」

 その二十一のカプセルは、エンケラドスから持ち帰られたものだ。NASAとESAとJAXAの共同プロジェクトの探査船が持ち帰ったサンプルだった。全てのカプセルはエンケラドスの海中から採取されたサンプルだった。そしてその全てに同じ閃光あるいは線光が閉じ込められていたのだった。これは生命ではないか。そういう仮定の下に、様々な精査がされた。しかし何も発見できなかった。文字通り、何も発見できなかったのだ。つまりどのような機器を使っても、カプセルの中にそにような閃光あるいは線光は存在していないという結果になったのだ。そこに確かに、閃光あるいは線光が見えているのに。

 生命であることを証明できそうにない、となったとき、次に研究者たちはこれはメッセージではないかと主張し始めた。エンケラドスの生命体からの、私たちに向けた挨拶のような。それで、そのサンプルは世界中の優秀な言語学者たちに委ねられることになった。その一つが私の目の前にある。まあ私が優秀な言語学者というわけではない。これが私の目の前にあるのは、鋭い上司のおかげだ。それに私は正確には言語学者ではない。数学者だった。

「反応って何の?」

「見当もつきません。私が反応と表現したのは、これが見えている以上、存在しようが存在しまいが私たちの後頭葉に認知させる某かの反応が波打っているように思えただけです」

「波打っている、か。面白いわ」

 上司はそう言いながら私の髪を撫でる。この人はこういうことを無意識にしてしまう人だ。同性であってもこれはセクハラではないかと思ったりしたけれど、気持ちいいから何も抗議はしなかった。

「で、どこまで解析できたの?」

「もう終わります。もう全てのデータをPCに入力済みです。多分もうすぐ結果が出ますよ」

「結果って、メッセージってこと?」

「正確にはメッセージに置換したもの、ですね」

「つまりそれは、エンケラドスの海中には生命体が存在しているということ。メッセージを発信できるほどの知性を持っている生命体が存在しているということになるわね」

「お言葉ですが、メッセージを発信できるから知性があるとは限らないのでは。知性があるかどうかはメッセージの内容次第ではないでしょうか」

「あら、冷めてるわね。研究者として、ここは興奮するところだと思うけど」

「性格です、すみません。あっ、結果が出ました」

 モニターに現れた一文に私と上司は目を向ける。そして二人で顔を見合わせる。

「これって、かなりの知性があるということよね?」

 とても愉しそうに、上司が問う。

「何通りもの意味があるように思えて、私には判断できません」

 答える私は、全然愉しい気分にはなれない。モニターにはこんな文章が現れていた。

『あなたは、美味しいですか?』

 

龍を見つめて息を殺す

JUGEMテーマ:戯言

 

 今日は一日誰とも会話していません。誰とも触れ合っていません。誰とも見つめ合っていません。世界に私一人しか存在しないみたいに。こんな日々が続けば、言語を失ってしまいそうです。すでに少しばかりあやふやになっているかもしれません。誰とも会話をしないから、そのことにさえ気づけないかもしれません。でもそれが世界の理想なのでしょう。

 本当は、どろどろに誰かと交わりたいのです。柔らかさを確認し合ったり、喉の震えを皮膚に伝えたり、体熱を流し流されたり、恥ずかしいことをして汗をかいたりしたいのです。私は馬鹿でしょうか。曲線は上昇を続け、多くの人の命が危険にさらされているそうです。とても重要な理由がなければ行動してはいけないし、急いでもいけないのだそうです。テレビがそう言っていました。

 私たちは戦っているのだそうです。小さな小さな敵と。手強くて理不尽な敵と。長い戦いはこれからも続くのだそうです。そして絶対に勝たなくてはいけないのだそうです。私、負けちゃいそうだな…。そんなに強くないし。ぐーたらが好きで、自分勝手だし。皆が右を向けば、左を向きたくなる性格だし。

 遺伝子は利己的なのだそうだけど、己ってどの部分を指しているんですか。私の自己ってどれのことですか。身体のことですか。気持ちのことですか。思考のことですか。魂のことですか。なんかどれも嘘っぽく思えたりするのです。どれも確立した存在ではなくて、ふわふわと漂えるような、水素的なもののような気がしたりするのです。

 そのドラゴンは純白でした。小指の爪くらいの大きさでした。小さな瞳で私を真っ直ぐに見つめて、身体を揺らがせていました。

『ここではないどこかって、ここと繋がっていないのですか?』

 そう私に問いかけているような眼差しでした。私は息を殺して、そのドラゴンに顔を近づけました。

『ここは、そのどこかと結ばれているはずよ』

 声に出して呟くとドラゴンを吹き飛ばしてしまいそうだったので、私は心の中でそう唱えました。

『その結び目はどこにあるのですか?』

『その結び目は、ここではないどこかにあるのではないかしら』

『ではここではないどこかって、ここと繋がっていないのですか?』

 堂々巡りから抜け出せなくなりそうだったので、私は息を強く吸い込み、ドラゴンを飲み込みました。

 今日は誰とも係わらず、ただドラゴンを飲み込んだ一日でした。

 

Uncontrolled ship

JUGEMテーマ:戯言

 

 砂浜には、無数の碧い花弁を纏った船が鎮座していた。それは全く波がかからない、その飛沫さえ触れない場所にいたけれど、特に問題はなかった。何故ならその船は海に出て行くわけではないからだ。ではどこに向かうのかと言われれば、私にはそれはよく解らなかった。ただ、それが普通の水面を滑り移動する構築物ではないことだけは確信できた。

 あなたの声に導かれてここまで来たのだから、あの碧い花弁の船にはあなたが乗っているのだろう。あなたも乗っているのだろうという方が正確かもしれない。私と同じように、誰かの声に、大切な誰かの声に導かれてやって来た人たちが、たくさんいたから。ある人は立ち尽くし、ある人は砂に腰を下ろし、皆碧い花弁の船を囲み巨大な船のブリッジを見上げていた。

 船はきっと飛び立つのだろうな。何となくそう思った。花弁のせいで船の形はよく解らなかったけれど、よく解らないからこそそれは宇宙船のように思えてならなかったのだ。ああ、するとあなたはもう死んだのだな。すごくはっきりとそう思えた。こんな奇妙な宇宙船に乗っているのは死者だけだろうと思えたのだ。取り囲む生者に見送られ、その見送る想いを圧縮して爆発させ、ロケットのように飛び上がるのだろうと思った。

 風の織り目にあなたの声を聞けたということは、私にとってあなたはまだ大事な人なのだ。そして私がここまで来られたということは、あなたも私のことをまだ大切な人だと思ってくれていたのだろうか。最後に会ったのは、もう二十年も前の桜の季節だった。それからずっと互いに思い続けていたということだろうか。

 私はそうだった。それは確か。あなたがどうだったのかは、知ることは出来ない。

 あなたを信じることは簡単。でも私は臆病だから、その簡単なことが出来ない。

 雨の音が響いた。強い俄雨の音。でも見渡す風景のどこにも雨は見当たらない。耳を傾ける。音は碧い花弁の船から響いてくる。もう出発のときが来たのだろう。それは旅立ちのときか、帰還のときなのか解らなかったけれど、とにかくその船はこの世界の制御から解き放たれようとしているのだろう。そしてどこまでもいつまでも航行するのだ。統制されない航行を。

 羨ましかった。ゆるやかな全体主義世界にはとっくに飽きていたし、変容の結果現れるだろう地域主義世界にも魅力を感じていなかったから。もちろん、疫病による変容そのものにも痛みしか感じていない。それでも世界を失いたくないし、世界から失われたくない。やっぱり私は臆病だな。

 碧い花弁の船が全体を二度三度震わせ浮き上がる。加速の気配を滲ませながら静止する。その瞬間、砂浜で船を取り囲んでいた人たちが一斉に船に吸い込まれる。そして、船は中天に向かって真っ直ぐに加速しあっという間に見えなくなった。爆音も響かず、衝撃波もない。全てが幻であったかのような離陸だった。

「生者はあなただけだったのですね」

 声の方に目を向けると、まん丸い銀縁眼鏡の少年がスコップで砂を掘り返していた。

「きみは?」

「僕が生者かってことですか? どうだろう、それは微妙ですね」

 答えながらも、少年は手を止めない。

「僕はさっきの船を追いかけるつもりなんです」

「どうやって?」

「この砂の中にロケットが埋まっているので、掘り出してそれを使います。僕が前世で埋めたロケットです」

 少年は汗まみれになりながら、砂を掘り続けている。私は手伝ってあげるべきだろうか。それともそっと立ち去るべきだろうか。

 あなた、と私が思っていたのは、誰だっただろうか。

 

Massive colorless

JUGEMテーマ:戯言

 

 無色透明な扉を私は開く。無色透明なドアノブを握りひねって。無色透明な質量が一部分だけ捻れ、巨大な扉が音もなく開く。その扉は途轍もなく巨大だったけれど、無色透明だったから非力な私でも開くことが出来る。本当に巨大な扉。無色透明だったから、そのスケールの端っこは見えない。けれどもし色彩を纏っていたとしても、巨大すぎるスケールのためその端っこは見えなかっただろう。私の心を包み込む鱗が、それを感じ取る。サワサワと震えながら感じ取る。

 これ、スケールとスケールの連なりだよ。そういうことだよ。

 扉の向こう側は、無色透明な部屋だ。巨大な扉に似合う巨大な部屋だ。もちろん無色透明だから、壁も天井も見えない。でももし色彩を纏っていたらどうだろう。その室内空間は広過ぎたから、やっぱり見えなかっただろうか。いや、そうではないだろう。その室内空間は広過ぎたから、例えば風が吹き、例えば雲が育ち、例えば雨が落ちて、例えば殺戮が渦巻いただろう。そういう風景に邪魔をされて、壁も天井も見えなかっただろう。

 なんだ、世界じゃないか。私が踏み込んだ部屋は、世界に過ぎない。過不足なく世界だと定義しようではないか。

 悲鳴は聞こえただろうか? 怒声は響いただろうか? 囁き声は這いつくばっただろうか? 心の音は漏れ滲んだだろうか?

 私の目の前には無色透明な人。私を見つめて立ち尽くしている。無色透明な瞳で。無色透明な声で、その人は私に言う。

「この世界の重要なものは、全て無色透明なのですよ」

 無色透明な言葉は、無色透明であるが故に少し恥ずかしそうに零れ出た。無色透明の口から。

「だから、この世界の重要なものは、全て見えないのです」

 無色透明な人は無色透明な腕を私に伸ばす。無色透明な指先が私の頬に触れる。でも無色透明だから、私にはその感触がない。そして無色透明な人にも、私の頬の弾力は伝わっていないだろう。

「重要な良きことも、重要な悪しきことも、皆無色透明なのです」

 無色透明な人が私を抱きしめる。私は何も感じない。無色透明な人も何も感じていないだろう。ではなぜ私は、私たちは抱き合っていると認識しているのだろう。

 無論それは無色透明だからだ。無色透明だか揺らぐことなく、私の認知システムを侵食する。私は騙されているわけではない。騙されているのは世界なのだ。その騙された世界に私は巻き込まれている。

 あなたも巻き込まれている。

 インフォメーションは無色透明だ。

 

DonGun -後編-

JUGEMテーマ:自作小説

 

 それは漆黒の巨大な鉾だった。それが風景をわっさわっさと揺さぶりながら近づいていた。比喩ではない。本当にその鉾が動くたびに、それの周辺の空間が幾ばくか歪んだのだ。なんと言えば良いのだろう。その鉾は実在するもとして確かに見えているけれど、違う時空に存在しているような、その時空が何かの作用でこの世界の時空と重なっているような、そんな感じだった。つまりその鉾はこの世界には存在していないのだ。違う場所での存在が、この世界と先鋭的に絡まって、この世界を移動しているように見えるだけだ、という感じがしたのだ。しかし鉾はこの世界に存在している。それが進行するたびに、地面にへこみが出来ているのだから。違和感だ。存在しないと感じるものが、けれど存在してる違和感。とても奇妙な浮き足立つ感じ。

 その獣人が漆黒の鉾に見えたのは、獣人が纏っている鎧兜のせいだ。どういう素材かは解らないが、表面に一切の艶がなく、陽光を全く弾いていない。陽光はその鎧に全て吸い込まれていて、それをエナジーとして周囲の空間を歪ませているのかも、と僕には思えた。

「格好いいな」

 僕は思わず呟いていた。

「だろ。あれはオリハルコンの鎧なんだ。貴重な素材だよ」

 ヘッドギヤの内部にグンソウの声が響き、彼の乗ったドローンが僕の前を横切る。

「獣人は真っ直ぐに進む。俺たちのことなど一切お構いなしにな。しかしそれでも隙を突くのは難しいんだ」

 グンソウのドローンが鎧の獣人に急速接近し、ハンマーを叩き込む。しかしそれは獣人にかすりもしない。獣人が身をかわす動作をしたわけでもないのに。

「な」

「どうしてです?」

「噛み合ってないんだよ。俺たちと獣人は。で、おまえが噛み合わせるというわけさ、カンパチ。おまえがクラッチだからな」

「どうやって?」

「叩き込むんだ、ハンマーを。それだけだ。鎧にドンと叩き込め」

「やってみます」

 そう答えた次の瞬間に僕のドローンが加速して、斜め上方から獣人に接近する。獣人には何の反応もなく、ただ変わらず一定の速度で進行していく。十分に接近したところで、僕は肩の鎧にハンマーを振り下ろす。超高音の耳を劈く音が響き、ハンマーから僕の身体に跳ね返りの波動が流れ込む。僕とドローンは弾き飛ばされ錐揉みする。液体窒素で冷却されたような冷たさを感じる。後頭葉の辺りで流星の豪雨が降り注ぐのを感じる。巨大な樹木がぐんぐんと生長し、成層圏を突き抜けて、宇宙空間まで立ち上がり、その先端部がやって来た彗星と絡まり合って燃え上がる。ああ、これは交接だ。

「おい、目を覚ませ、カンパチ」

 グンソウの声が、僕を不可思議なイメージから掬い上げる。

「どれくらい、僕はフリーズしてました?」

「十六秒だ」

 そんなに僅かだったのか。二千年くらい経過したように思えたのに。

「どうだ、ドンといけるか?」

「はい。何となく解りました」

「解ったって、何がだ」

「ここではないどこかを憧憬する感じが」

「いいねえ、その感じだ。その感じでドンといけ。俺の方はいつでもいけるぜ、ガンとな」

「了解です」

 僕はハンマーを構え直す。ドローンがまた斜め上から獣人に接近する。僕は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながらハンマーを振りかぶる。重要なのは力ではないのだ。ポイントだ。星を感じるポイント。星の熱を受け入れたいと焦がれているポイントだ。獣人にぶつかりそうな距離まで近づいたドローンが、翻る。その瞬間に、僕は狙った一点にハンマーの先端を振り下ろす。優しく触れさせるように。

『シャラン』

 聡明な音が、聡明で無垢な音が、聡明で無垢で賢明な音が響き渡り、肩の鎧が外れて落ちる。

「いいぞ、その感じだ」

 グンソウが直ぐさま獣人に接近し、鎧のなくなった肩にハンマーを打ち下ろした。するとその部分から水色の波紋が広がり、獣人の進行速度が少し下がった。

「さあ、まだまだドンといけ」

 そこから次々と、僕とグンソウはハンマーを振り回し、鎧を落とし波紋を広げ、獣人の進行を鈍らせた。心地良かった。ひたすらに心地良かった。やがて全ての鎧が地面に落ち、獣人は立ち止まる。ゆっくりと周囲を見回し、地面を見つめ、空を見つめる。はっと驚いたような表情になり、恥ずかしそうに自身を両腕で抱きしめる。そしてそのまま、地面に沈んでいった。本来の時空に帰って行くように。いや本当に本来の時空に帰った、還ったのかもしれない。僕にはそう思えた。

「上出来だ。やっぱりおまえ、相当に適性が高いな」

 グンソウの声が耳から流れ込む。最初に握手をしたときのあの感じで。

「ありがとうございます」

 僕の声も、そんな感じでグンソウに流れ込んでいるような気がした。そういう流れが、風景のそこら中で渦巻いているのを感じて、その渦を僕が取り込んでいるのを感じたから。

 結び合いながら、解き合っているような感覚だった。この上なく気持ち良かった。

 

DonGun -前編-

JUGEMテーマ:自作小説

 

 ピカピカのスーツの銀色が眩しくて、少し恥ずかしかった。「飾りがなくて寂しいね」とお祖母ちゃんは言ってたけど、スーツの全部が飾りのようなもので、これ以上に何を飾り付ける必要があるのだろうと、僕には思えた。でもお祖母ちゃんはきっとお祖父ちゃんのスーツ姿を思い出しているのだろう。するとお祖父ちゃんはこの銀ピカのスーツに飾り付けをしていたのだろうか。どんな? 想像もつかない。クラントストル方程式を紋様化して飾っていたりしたのだろうか。それならきっと重かっただろうな。でも鎧のようでかっこよかったかもしれないな。

 指定された場所は広大なパーキングだった。今は一台の車もない。そして周りには建物が全くない。何のためのパーキングなのかは解らない。ドローンのための施設なのだろうか。

「早いな」

 背後からの声に振り返ると、顔の下半分が焦げ茶の髭に隠された四角い人が立っていた。銀ピカのスーツに包まれた身体も、顔も、目も四角かった。きっと髭に隠れている口も四角いに違いない。

「どうやってここまで来た?」

「転送です」

「凄いな。あんな気持ち悪いのを使えるとは」

「はあ」

「俺はワイフに送って貰った。あれだ」

 四角い人は斜め上を指差す。ドローンが飛び去っていく。

「俺はグンジ・ソウタロウだ。グンソウと呼んでくれ、よろしく」

 四角い人、グンソウが右手を差し出す。

「どうも、カンナヅキ・ハチロウです」

 僕も右手を差し出し、握手する。グンソウの握手はもの凄かった。それは力がという意味だけではない。もちろん力も強く痛みもあったけれど、それよりも何かが流れ込んでくるような気がした。凄く粘度の高い、それなのに爽やかな感じがする何かが。

「じゃあ、おまえはカンパチだな」

 勝手に僕の呼び名を決めると、グンソウはスマートウオッチを操作する。するとパーキングの隅の一角が四角く持ち上がり、ストレージルームが現れた。グンソウはそれに歩み寄り、中から二本のハンマーを取り出す。両方とも僕の身長くらいの長い柄で、僕の頭より大きなヘッドがついている。一つはそのヘッドの両端が平たく、もう一つは両端が尖っていた。

「カンパチのはこれだ」

 グンソウは両端が尖っている方を僕に渡す。両手で受け取ったけれど、よろめきそうになるくらいに重かった。

「おまえはクラッチ、俺はブレーキだ」

「何です?」

「だから、おまえがクラッチで俺がブレーキだと言ったんだ」

「どういう意味でしょう?」

「何だと、役所で講習を受けなかったのか?」

「はい。役所からここに行くようにと言われただけです」

「マジか。するとおまえはもの凄く適性が高いんだな。親族にドンガンがいるのか?」

「はい。祖父がドンガンでした」

「なるほど、了解した」

 グンソウはストレージルームから二台のヘッドギアを取り出し、一台を僕に差し出す。僕は受け取り装着する。グンソウがやるのを見よう見まねで起動させると、心地良い起動音が響いてバインダーが自動的に顔をカバーした。

「うん、そんな感じだ」

 グンソウが僕をチェックして親指を立てる。

「では行こうか。ドローンに乗れ」

 そう言って、グンソウはパーキングの中央辺りを指差す。いつの間にか、そこに二機のドローンが待機していた。グンソウはすたすたと歩き出し、僕はもたもたと追いかける。

「僕、ドローンのライセンスを持っていませんけど」

「大丈夫だ。ドローンはセンターにいるパイロットが操縦する。俺たちはただ乗っかるだけだ」

「乗っかって、どうするんです?」

「おまえ、ホントに何も知らないんだな。もうすぐここに獣人が現れる。そしたら俺たちはドンガンとやるんだよ」

「ドンガンと何をするんです?」

「だからドンガンとやればいいんだよ。おまえがドンで俺がガンって感じでな」

 グンソウに背中を押され、僕はドローン乗せられる。そしてグンソウの手であっという間にドローン上に固定された。

「もう一度言っておこう。おまえがクラッチ、俺がブレーキ、そしてアクセルは獣人だ」

 グンソウのドローンが離陸する。それに追随して僕のドローンも離陸する。僕はハンマーを握る両手に力を込める。何が何だか解らないままに、僕の初仕事が始まる。

 中天から僕を突き刺す陽光が眩しかった。

 

法と美

JUGEMテーマ:戯言

 

 それは美しくないと言ったら、顔を顰められた。けれど私はそんなものだろうと思った。美は一つではない、様々な法則が渦巻いているのだと私は知っていたし、それが世界を面白くしているのだと思っていたから。けれど嘲笑い、ときに怒りを顕わにする人がいるものだ。その人は世界とは単一だと信じているのだろう。多様性とは記号として存在しているだけで、それは触れれば塵となって脆く崩れて霧散するものだと思っているのだろう。でも世界は多様だから、その単一な世界も一つの紋様としてアリだろうと私は思ったりするのだった。

 獣人が、森を歩いている。樹木よりも巨大な身体をわっさわっさと揺さぶりながら、ときどき青空を見上げて、眩しそうに目を細めたりして。全身を覆う長い灰色の毛が、風に棚引ききらきらと笑っている。綺麗だった。美しいと私は感じた。獣人が足を降ろした地面は深くへこみ、そこに生えていた草や花は潰される。けれどそのへこみにはいずれ雨水が溜まり、また新たな植物が芽吹くだろう。もしそうでなかったとしても、その水たまりに新たな生命が泳ぎ出すだろう。

 獣人は森を抜け砂漠を歩く。太陽を見送り、月を愛で、獣人は歩き続けた。獣人は常に遠くを見つめ、何かを探すような眼差しで、わっさわっさと空気を掻き分けながら歩いて行く。そしてやがて獣人は都市に到達した。都市に入っても獣人は歩みを止めない。構築物が次々と踏み潰され破壊された。獣人の歩みに対して都市の構築物はか弱かった。獣人はときどき歩みを止め、周囲を見渡し、がっかりしたように首を傾げる。足下を眺め、天空を眺め、遠くを見つめて、また首を傾げる。獣人の求めているものは、ここにはないということなのだろうか。獣人にとって都市には何の価値もない。しかしそれは都市にとってもそうだった。都市にとっても獣人には何の価値もなかった。つまりそれは、直ちに排除しなければならない対象だと言うことだ。

 それは都市の法だ。つまり都市は法によってしか思考しないということだ。それはとてもくだらないと私は思うけれど、獣人がどう思ったかは私には解らない。

 獣人への攻撃が始まった。陸から、空から。どれも激しい攻撃だったけれど、獣人を痛めつけることは出来なかった。それよりも、その攻撃の巻き添えを食らって、都市の大部分が破壊された。都市の人々は自らの手で都市を破壊しているようなものだった。獣人は都市の敵だったが、獣人にとっては都市は敵ではなかった。都市は獣人を裁こうとしたが、獣人という存在は都市に裁かれるような事象ではなかった。それは綺麗か綺麗でないか、美しいか美しくないか、そういうフォーミュラで記述されるべき事象だったから。

「下品だな」

 獣人は呟き、タンクやファイターやミサイルを無視して、わっさわっさと都市を攪拌した。そして美しいガレキの山を盛大に築いたあと、颯爽と去って行った。